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プチ元気のコツ Vol.23

槙原 寛己 (まきはらひろみ)
プロ野球解説者
1963年8月11日、愛知県生まれ。’81年のドラフト1位で巨人に入団し、プロ2年目の’83年に12勝をあげて頭角を現す。
その後長く先発投手陣の柱であり続け、晩年にはリリーフとしても活躍。20年間で159勝128敗56セーブの記録を残した。
現在は野球解説者、タレント。

槙原寛己さんは投手として巨人軍ひと筋20年間で159勝をあげ、’94年には完全試合の偉業も達成。
そんな槙原さんが現役時代にあった野球選手、そして人間としての自分を成長させた出来事や、
今でも当時と変わらぬ元気な姿でいる秘訣を語ってくれました。

野球人生のハイライトは
完全試合と絶頂期でのアクシデント
僕の野球人生のなかでハイライトといえるものは、良いことと悪いことでそれぞれあります。まず良いことはやはり、’94年5月18日に福岡ドームでの広島戦で完全試合を達成したこと。あの日は試合前から、コントロールが定まらなかったんです。それで丁寧にいこうと集中して投げているうちに、尻上がりに調子が上がってきました。9回2アウトを迎えたときは、ヒーローインタビューでなにを話そうかと考えていたくらい、自分でも「完全試合ができる」と疑っていませんでした。プロで20年間投げましたが、あんな感覚になったのはあのときだけでしたね。
悪いことは、プロ4年目の’85年。甲子園の阪神戦でバックスクリーン3連発を打たれた2ヶ月後に、股関節を骨折したことです。それまでは速球で押していく投手でしたが、ケガによって投球スタイルを変えざるを得ない。そのときに、これからはコントロールを磨いて、変化球も多くしないといけないと思ったんです。速球派の投手は、いつか壁にぶつかるんです。あのケガがなければ、自分はこのままでいいんだと我を通して、短命に終わっていたかもしれません。復帰する過程で自分を見つめ直して、前向きになって変えられたから、20年間もプロで投げられたのだと思います。
復帰の過程で気付いた大切なことと
引退後の今も元気でいる秘訣
あのときは、見えていなかった大切なことにも気付けました。リハビリでお世話をしてくれたり、それ以外でも自分のことをサポートしてくれる人たちがいる。そんな人たちに支えられて、野球ができているという感謝の気持ちが芽生えました。そういう周りの優しさに気付いて、自分も人に対して優しい気持ちが持てるようにもなりました。入団したころからチヤホヤされて、このままで上手くいくんだと思っていたころにガツンとやられたことが、とても大きかったですね。野球選手としても人間としても、成長できた機会でした。
現役時代から食べることが大好きで、今はなにもしないと太ってしまうので毎日体重計に乗って、週に2~3回は走ることで管理しています。ストイックに走ればもっと痩せるんでしょうけど、基本的には美味しく食事がしたいという不純な動機ですから(笑)。それと心の面では、家庭が円満であることが大事。僕は外で悪いことがあっても、家に帰れば忘れられるんです。そんな家庭であるために、僕は外であった嫌なことを家に持ち込まないようにしています。現役時代から負けても、帰りの車のなかで気持ちの整理をつけてから、玄関の扉を開けるようにしていました。そうして家族が仲良くしていれば、心も健康にいられますから。良く食べて良く寝て、適度に運動する。そして、心地良く暮らせる家庭がある。これが、僕が健康でいる秘訣ですね。

槙原 寛己

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