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VOICE  Vol.2

正しい知識で「逆流性食道炎」と向き合う

消化器の病気で日本人の間に近年増えているのが「逆流性食道炎」。
食べ物を消化する消化器を健やかに保つことは健康の基本。
そこで日本の国立大学医学部で最初の「消化器内科」として発足した京都大学大学院医学研究科消化器内科学の千葉勉教授に逆流性食道炎についてうかがいました。

逆流性食道炎が起こる背景にはどんな要因がありますか?

「消化管は口から肛門までつながった1本の管になっていて、口から入れた食べ物は食道を通って胃に収まります。胃は主にたんぱく質を消化するために胃酸を分泌しますが、この胃酸が食道に逆戻りして炎症(びらんやただれ)を起こすのが逆流性食道炎です。逆流性食道炎の背景には大きく二つの要因があります。一つは食道と胃の境目にあり、胃酸の逆流を抑えている下部食道括約筋の弛緩(緩むこと)。もう一つは胃酸の酸性度が強すぎることです。」

下部食道括約筋にはどんな役割がありますか?そしてなぜ緩んでしまうのでしょうか。image

「下部食道括約筋(以下、括約筋)は、胃の入り口にあたる噴門を開閉するリング状の筋肉で、通常は胃の内容物が下から上へ逆流しないように閉じており、上から食べ物がくると開いて胃に通します。括約筋が緩むと胃酸は逆流しやすくなりますが、その原因は二つのケースに大別されます。第一に老化。括約筋とともに胃の入り口を開閉している筋肉に、横隔膜があります。歳を重ねるごとに筋肉は衰えますが、括約筋や横隔膜も加齢につれてその機能が落ちて緩みやすくなります。高齢者の場合、特に女性は骨粗鬆症で背骨がつぶれて腰と背中が丸まると、括約筋や横隔膜はさらに緩みやすくなります。第二に肥満。太ってお腹がせり出てくると、お腹にかかる腹圧が上がり横隔膜が押し上げられますから、括約筋や横隔膜が緩みやすくなるのです。」

次に胃酸と逆流性食道炎との関わりについて改めて教えてください。image

「pH(ピーエイチ)は7.0が中性で、それ以下は酸性、それ以上がアルカリ性です。胃酸のpHは1.0〜2.0と強酸性でまさに「塩酸」そのもの。胃酸を分泌する胃自体には、胃酸から自らを守る仕組みがありますが、食道にはその仕組みがないため、胃酸が逆流すると食道の粘膜に炎症が起こります。胃酸のpHには個人差があり、胃酸が多く酸性度が強い人ほど逆流性食道炎が起こりやすいと言えます。日本人はもともと胃酸を分泌する力が欧米人よりかなり低く、逆流性食道炎も少なかったのですが、私たちの研究では70年代以降日本人の胃酸分泌能は少しずつ上がっています。その理由は二つあると思います。一つは食生活の変化。動物性たんぱく質の摂取が増え、消化のために胃酸を多く出す必要が出てきたのです。もう一つはヘリコバクター・ピロリ(以下、ピロリ菌)の感染者の減少。ピロリ菌が胃の粘膜に感染していると、粘膜が萎縮(縮むこと)して胃酸の分泌が減りますが、除菌をすると萎縮が改善し、胃酸が出やすくなります。欧米人ではピロリ菌に感染しても胃酸の分泌が落ちないことも多く、除菌しても胃酸は強くならないことが多いですが、日本人はpH3.0〜4.0だった方が除菌の結果pH1.0〜2.0に下がることもあるため要注意です。」

すると胃酸の酸を強くしないためには、ピロリ菌は除菌しない方が良いのですか?image

「いいえ、除菌の対象疾患(胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃MALTリンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病、早期胃癌に対する内視鏡的治療後胃)の患者さんの場合、除菌は必要だと考えます。現時点では、日本人が逆流性食道炎が原因でただちに癌になることはほとんどないと考えられます。検査をしてピロリ菌に感染しており、除菌の対象疾患になる患者さんは除菌した方が良いと私は考えます。」

逆流性食道炎にはどんな自覚症状がありますか?image

「典型的なのは胸やけ症状です。けれど、ひと口に胸やけといっても、患者さんの表現はさまざまです。『お腹が痛い』とおっしゃる方もいれば、『胸が痛い』と訴える方もいます。また、胸やけは通常食後に起こると思われがちですが、夜中や明け方といった空腹時に生じることもあります。さらに逆流性食道炎が疑われたのに心臓の病気だったり、胆石だったりするケースもあります。」

それでは逆流性食道炎の診断はどのように行われるのでしょうか?image

「食道に内視鏡を入れて調べるという方法もありますが、患者さんへの負担を考えると、私は特に若年者ではまずは症状から逆流性食道炎を疑い、胃酸の分泌を抑える『プロトンポンプ阻害薬(PPI)』を投与し、症状の改善を診るようにしています。それでも効果がなかった場合には、別の疾患の可能性を考えます。」

逆流性食道炎と診断されると、どのような治療が行われますか?image

「プロトンポンプ阻害薬を継続的に服用します。この薬は、飲んだり飲まなかったりではいつまで経っても逆流性食道炎は治りません。薬を飲んだ日は胃酸が抑えられるので楽に感じますが、逆流性食道炎は治っていないので、薬を飲まない日は傷口に塩を塗るようなものなので不快な症状が出ます。大切なのは、継続的に服用して食道の炎症を完全に治してしまうこと。すると、たとえ多少胃酸が逆流しても痛みを感じることも少なく快適に過ごせます。1週間ほど服用を休むと炎症がぶり返して胸やけなどを感じるようになりますから、兆候が出たら再び服用を再開します。軽症の方の場合、こうした治療も試みてはと思います。」

薬はずっと飲み続けるのですか?飲み続けても大丈夫なのですか?image

「そうです。その点を心配する患者さんもいらっしゃいますが、プロトンポンプ阻害薬は日本でも20年の歴史があり、安全性が評価されている薬と考えています。当初、胃酸分泌を抑えると胃癌が増えると心配する医師もいましたが、そういった傾向は今のところまだありません。私自身、実は逆流性食道炎の患者で、プロトンポンプ阻害薬を15年以上服用しています。」

これから寒い季節になりますが、
逆流性食道炎の患者さんが冬場に注意すべきことはありますか?
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「同じ消化器の病気でも、たとえば胃潰瘍は春先に多いのですが、逆流性食道炎に季節性はありません。ただしこれから年末年始にかけて会席が増えますから、その際暴飲暴食をしないようにしてください。食べ過ぎて胃が膨らむと横隔膜を押し上げて括約筋が緩みやすくなりますし、脂肪分が多い食事をすると胃酸が逆流しやすくなります。その点に注意しながら食事を楽しんでください。」

千葉 勉
総監修 千葉 勉先生
京都大学大学院医学研究科 消化器内科学教授、日本消化器病学会理事、胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン責任者、日本内科学会評議員
1974年神戸大学医学部卒業。同大附属病院での研修後、75年市立宇和島病院に勤務、81年三木市民病院内科医長。84年に渡米、ミシガン大学にて研究。86年神戸大学医学部助手を経て、89年同大教授。96年より京都大学教授。著書に「消化器疾患診療実践ガイド」「専門医のための消化器病学」など。
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