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VOICE  Vol.3

正しい知識で「薬剤性潰瘍」と向き合う

胃酸が胃から食道へ逆流することで炎症や潰瘍が生じる「逆流性食道炎」。
その治療薬であるPPI(プロトンポンプ阻害薬)が、NSAID(非ステロイド性抗炎症薬)投与時における薬剤性潰瘍の治療や再発予防にも処方されるようになりました。消化性潰瘍診療ガイドラインの作成に携わられた自治医科大学消化器内科学部門の菅野健太郎主任教授に、薬剤性潰瘍とその治療法について伺いました。

薬による潰瘍で悩む人が増えているそうですね。

「胃や十二指腸などの消化性潰瘍の患者さんは全体的には減っていますが、その中で薬剤の長期使用によって生じる潰瘍の割合は増えてきています。これを「薬剤性潰瘍」と呼びます。“胃を荒らす薬”はたくさんあります。薬は大なり小なり胃を荒らすと言ってもいいくらいですが、薬剤性潰瘍の原因としてNSAID(非ステロイド性抗炎症薬)という薬が知られています。」

NSAIDとはどんな薬ですか?image

「NSAIDは関節痛やリウマチなどに処方されるいわゆる痛み止めの薬で、炎症を抑えて解熱鎮痛作用を発揮します。アスピリンもNSAIDの一種。高齢者が増えるにつれて服用する患者さんも増えたことが、薬剤性潰瘍が増加している背景にあります。」

NSAIDでなぜ胃や十二指腸に潰瘍ができるのでしょうか。image

「NSAIDは、炎症反応や痛みの伝わりに関わるプロスタグランジンという物質の生成を抑えることで、抗炎症効果、解熱鎮痛効果を発揮します。一方でプロスタグランジンには胃の粘膜を守る機能もあり、常に強い胃酸にさらされる胃を保護しています。NSAIDがプロスタグランジンの働きを抑えると、この粘膜保護作用も同時に低下するため、胃酸の攻撃にさらされた胃壁に潰瘍が生じやすくなるのです。この他、NSAIDは胃壁を構成する細胞に入り込み、細胞内のミトコンドリアの活力を低下させます。ミトコンドリアは細胞にエネルギーを供給している発電所のような役割があり、ミトコンドリアの活力が下がると胃や十二指腸の上皮細胞の機能が低下して、胃酸に対する防御機能もダウンすると言われています。」

薬剤性潰瘍にはどんな自覚症状がありますか?image

「多くの場合、NSAID投与時における薬剤性潰瘍にはこれといった自覚症状はありません。通常、胃壁の防御機能が低下し、胃酸による潰瘍が生じると痛みが出ます。ところがNSAIDには鎮痛作用があるため、潰瘍が生じても痛みを感じにくいのです。薬剤性潰瘍で痛みが出るときには、すでに潰瘍が相当悪化して大きくなっており、出血を起こしている場合もあります。特に過去に潰瘍を患った経験のある方は症状がなくても、きちんと胃を守らないといけないのです。」

NSAIDを飲んでいる人が薬剤性潰瘍を防ぐにはどうしたら良いのですか?image

「まずは自分がどんな薬を飲んでいるのか、その薬には胃を荒らす副作用がないかどうかを確認してください。その上で薬剤性潰瘍のリスクがどの程度高いかをチェックします。①高齢者である、②過去に潰瘍を起こしたことがある、③胃を荒らす複数の薬を飲んでいる、といった項目がひとつでも当てはまるなら、薬剤性潰瘍の有無を調べるべきです。胃を荒らす薬には、骨粗鬆症の薬であるビスフォスフォネート製剤、抗がん剤などもあります。自分でわからない場合は医師や薬剤師に確認するのも良いでしょう。」

薬剤性潰瘍のリスクが高い人の対処法は?image

「上部消化管内視鏡検査を行い、潰瘍ができていないか確認することが重要です。ご高齢の方の場合、内視鏡検査は消化器のがん検診にもなりますから、薬剤性潰瘍のリスクの大小に関わらず、定期的に内視鏡検査を受けることをおすすめします。鼻から入れる細いタイプの内視鏡や鎮静剤を使った内視鏡検査など、内視鏡検査に係わる患者さんの負担は以前よりもずいぶん軽くなっています。内視鏡検査で潰瘍やその痕跡が見つかった場合には、酸分泌を抑えて胃粘膜を守るPPI(プロトンポンプ阻害薬)という薬やプロスタグランジン製剤を処方することを消化性潰瘍診療ガイドラインでは推奨しています。」

薬剤性潰瘍に用いるお薬にはどんな作用がありますか?image

「まず、PPIについては、まだ不明な点もありますが、大きく次の二つのメカニズムが考えられます。第一にPPIは胃酸の主成分である塩酸の分泌を抑える作用があり、胃酸の攻撃で潰瘍が広がるのを防いでくれます。また、胃酸により胃がpH4以下の酸性に傾くと、タンパク質分解酵素(消化酵素)が活性化します。このタンパク質分解酵素も胃壁を傷つけて潰瘍を広げますが、PPIで胃酸分泌を抑えると、この酵素の活性化を抑制し、潰瘍が広がるのを抑えられるのだと考えられます。また、プロスタグランジン製剤は、胃粘膜を保護したり、粘液の分泌を増加させたりする働きがあるプロスタグランジンを増やす薬です。」

薬剤性潰瘍のための薬を飲み続けるときに何か注意点があったら教えてください。image

「薬である以上は副作用が発生する場合があります。また、潰瘍を完全に抑えるわけではありませんので、胃の粘膜を内視鏡で定期的に検査することに加えて、血液検査で貧血になっていないかを検査してください。胃から先の小腸などの下部消化管で薬剤による潰瘍ができていると、傷口から出血して貧血状態になります。貧血になっていないかをチェックすると、下部消化管からの出血の有無がわかる場合があります。便に混じる血液を調べる便潜血検査も有効です。薬剤性潰瘍には痛みなどの自覚症状が少ないので、薬を飲み始めたら自己判断で量を減らしたり、自覚症状がないからなどの理由で勝手に服用を止めたりしないようにしてください。お薬はできるだけ飲まない方が良いと考える患者さんがよくいらっしゃいますが、必要があって処方されているわけですから、自己判断は危険です。疑問がある場合は必ず医師や薬剤師に相談しましょう。自分が飲んでいる薬のメリットとデメリットを常に把握し、不明な点は医師や薬剤師に確認する姿勢を持つことも患者さん側にも求められている時代だと思います。」

菅野 健太郎
総監修 菅野 健太郎先生
自治医科大学消化器内科学部門主任教授、日本消化器病学会理事長、日本消化器病学会消化性潰瘍診療ガイドライン委員長、日本内科学会理事、日本消化器内視鏡学会評議員、日本消化器癌発生学会理事、米国消化器病学会
1973年東京大学医学部医学科卒業。82〜84年米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校内科研究員、ミシガン大学内科研究員を経て、85年東京大学第3内科助手、91年同大保健センター助教授・副所長。98年に自治医科大学消化器内科学部門主任教授に就任、2006年より自治医科大学内科学講座主任教授。
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